「事業主貸」と「事業主借」は、個人事業主が事業と個人の資金を区別するために使う重要な勘定科目です。これらの勘定科目は、事業主が事業資金を投入したり、事業から資金を借り入れたりした際に記録されます。
個人事業主にとって、事業主貸や事業主借を適切に処理することは、財務状況を正確に把握し、税務申告をスムーズに行うために欠かせません。そこで本記事では、事業主貸と事業主借の基本的な意味や仕訳方法、会計処理のポイントなどについて詳しく解説します。
事業主貸・事業主借とは?
個人事業主が資金を適切に管理するには、「事業主貸」と「事業主借」の理解が欠かせません。これらの勘定科目は、法人ではなく個人事業でのみ使用される特殊なもので、資金の出入りを正確に記録し、財務状況や税務申告をスムーズにするために重要です。
それでは、事業主貸や事業主借が実際にどのようなものなのかを見てみましょう。
まずは事業主勘定について理解しよう
法人では経営者の給与は「人件費(役員給与)」として経費(損金)に計上できますが、個人事業主にはそのような制度はありません。個人事業主は自身への報酬を経費として扱うことができませんし、事業資金をプライベートな支出に使った場合、その支出も経費として計上することはできません。
そのため、個人事業主は事業用とプライベート用の資金をきちんと分けて記帳する必要があります。このために用いるのが「事業主勘定」です。事業主勘定には「事業主貸」と「事業主借」の2つの勘定科目があり、これを使って事業用とプライベート用の支出を正確に分けて記録します。こうすることで、所得金額や税額の計算が正確に行えるようになります。
事業主貸とは?
「事業主貸」とは、個人事業主が事業資金をプライベートな用途で使用した場合に記録するための勘定科目です。
たとえば、事業用口座から生活費を引き出したり、現金売上を私的に使ったりした場合、または事業用のクレジットカードで生活用品を購入した際に、事業主貸として記録します。また、事業用口座から国民年金保険料や所得税、住民税を支払った場合にもこの勘定科目を用います。なお、事業主貸を使用する際には、「家事按分」に注意しなければなりません。家事按分とは、事業とプライベートの利用を明確に区別し、費用を合理的に振り分ける方法のことです。たとえば、水道光熱費5万円のうち、事業用の割合が40%なら2万円が経費として計上され、残りの3万円が「事業主貸」となります。ちなみに、家事按分には明確な根拠が必要なため、判断に迷った場合は専門家に相談することをおすすめします。
事業主借とは?
「事業主借」とは、個人事業主がプライベートの資金を事業に投入した場合に使用する勘定科目です。たとえば、個人の貯金を事業資金として充当したり、個人用のクレジットカードで事務用品を購入したりした際に、事業主借として記録します。
また、個人のお金で仕事の交通費を支払った場合や、事業用口座に売上以外の入金をした場合も事業主借です。これ以外にも、事業用口座に預けている預金から発生した利息も事業主借として記帳します。なお、事業主借として記録したものでも、事業用の支出であれば必要経費として計上できます。
事業主貸・事業主借の仕訳方法
個人事業主が事業とプライベートの資金を分けて管理するためには、適切な仕訳が欠かせません。事業主貸と事業主借の正しい仕訳方法を理解することで、財務管理をより正確に行うことができます。
では、それぞれのケースにおける仕訳方法を見ていきましょう。
事業主貸を使うときの仕訳方法
事業主貸は、個人事業主が事業資金をプライベートな用途に使用した際に用いる勘定科目です。以下に代表的な仕訳パターンを紹介します。
- 生活費の支出
[事業用口座から生活費を引き出した場合の仕訳例]
生活費 〇〇円 / 事業主貸 〇〇円
この仕訳により、事業用資金がプライベートに使われたことを記録します。
- 事務所兼住居
[自宅を事務所として兼用し、家賃の一部が事業用の場合の仕訳例]
家賃10万円のうち80%がプライベート利用で、20%が事業用。
現金預金10万円 ー (事業用20%)家賃 2万円 = 事業主貸 8万円
家賃のうち事業用でない部分を「事業主貸」として記録します。
- 社会保険料・税金
[事業用口座から社会保険料や税金を支払った場合の仕訳例]
事業主貸 〇〇円 / 普通預金 〇〇円
この場合、社会保険料や税金が事業資金から支払われたことを示します。
事業主借を使うときの仕訳方法
事業主借は、個人資金を事業に投入した場合に用いる勘定科目です。以下に代表的な仕訳パターンを紹介します。
- 振込
[個人の口座から事業用口座に資金を振り込んだ場合の仕訳例]
普通預金〇〇円 / 事業主借〇〇円
これにより、個人資金が事業用に充当されたことが記録されます。
- 金利
[事業用の口座に金利が入金された場合の仕訳例]
普通預金 〇〇円 / 事業主借 〇〇円
この仕訳では、事業用口座に金利が入金されたことを示しています。
- 経費の支払い
[個人用のクレジットカードで事務用品を購入した場合仕訳例]
事務用品 〇〇円 / 事業主借 〇〇円
この場合、個人資金で支払った経費を事業主借として記録し、事業の費用として計上します。
確定申告における事業主貸・事業主借の処理方法
確定申告書を作成するためには、青色申告決算書を作成しなければなりません。これまで処理してきた事業主貸や事業主借は1年分を集計し、その合計額を貸借対照表の該当箇所にそれぞれ転記します。なお、事業主貸と事業主借はどちらも収益には関係ありませんし、事業用の資産や負債でもありません。そのため、次章で述べるように翌期首には相殺され、お互いに0円でスタートとなります。
翌期首における事業主貸・事業主借の処理方法
翌期首には、事業主貸勘定と事業主借勘定を整理しなければなりません。なぜなら、事業主貸勘定、事業主借勘定、元入金、そして青色申告控除前の所得金額は、個人事業主の資金管理においては基本的に同一のものだからです。したがって、翌期に持ち越す際にはこれらの勘定を「元入金」に統合し、他の勘定科目の残高は0円にリセットしなければなりません。
具体的な処理手順としては、まず事業主貸勘定の残高を元入金から差し引きます。次に、事業主借勘定の残高を元入金に加算し、さらに前年の青色申告控除前の所得金額も元入金に加算します。こうすれば、翌期首の事業主貸・事業主借の残高は0円です。
帳簿付けで事業主貸・事業主借を間違えてしまうとどうなる?
日々の取引を記帳する際に、事業主貸と事業主借を間違えることがあります。事業主貸は仕訳帳の左側(借方)に記入し、事業主借は右側(貸方)に記入するべきです。たとえば、事業用預金から生活費を引き出すのであれば、正しくは「事業主貸」として左側に記入します。
しかし、「事業主借」と記入すると、総勘定元帳の右側にマイナスとして表示され、帳簿の数字が実際とは逆になってしまいます。ですから、帳簿上はあり得ない取引となってしまいますが、事業主勘定が事業の収益には関係しないため、事業所得の計算には影響しません。ですが、帳簿を正しく付けるためには、修正が必要となります。
まとめ
事業主貸勘定と事業主借勘定は、個人事業主の帳簿で重要な役割を果たします。事業主貸は貸借対照表の左側(借方)に、事業主借は右側(貸方)に記入します。これらは事業と個人の資金の動きを記録するための勘定です。
翌期首には、事業主貸勘定の残高を元入金から引き、事業主借勘定の残高を元入金に加えます。これにより残高はゼロになり、個人資産が元入金に一元化されます。なお、記入ミスをすると帳簿の数字が逆になり、数字がマイナスになる場合がありますが、事業主勘定は事業所得に直接影響しません。とはいえ、帳簿の正確さを保つためにも、事業主貸と事業主借を正しく処理するように注意しておきましょう。