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アジアのチャレンジャーバンクらに見る新規事業の立ち上げ方
デジタル化

アジアのチャレンジャーバンクらに見る新規事業の立ち上げ方

ライター: 鈴木淳也
2019
07
24

「チャレンジャーバンク(Challenger Bank)」という言葉がある。オックスフォード英語辞典によれば「既存の巨大で長期間営業している全国規模で展開する銀行に対し、より小規模な体制で競合を挑む新しいタイプの銀行」とある。ここ数年、金融業界や国際ビジネスの世界で頻繁に用いられるようになった言葉だが、新興市場が新しい経済体制へと移行しつつあるなか、その役割がにわかに注目されている。

現存最古の銀行は15世紀設立のものまでさかのぼるといわれるほど、銀行の歴史は長い。日本国内に限っても第一銀行が1873年、日本銀行が1882年に設立し、実に100年以上の歴史を持つ。顧客から資金を預かり、それを貸し付けて利ざやを稼ぐという基本的なビジネスモデルは変わっておらず、歴史があり、かつ大きな変化のない業界といえる。

実際、2018年末にローソン銀行が免許を取得して同業界に7年ぶりに参入した際には大きな話題になった。またオーストラリアで2017年に設立されたVolt Bankが、同国で36年ぶりのフル銀行免許を取得した新参行だったことをみても、比較的不変の業界であることがわかるだろう。

一方で、昨今のビジネス情勢の急速な変化から、体力のない銀行が吸収、消滅の危機にあり、新しい変化への対応を迫られている。業界の淘汰の波と同時に多数の新銀行の誕生が意味するのは、前述チャレンジャーバンクが活躍する余地が生まれつつあるということだ。

急拡大しつつある東南アジア市場で誕生しつつある新銀行たち

チャレンジャーバンクという視点でいま最も熱いのが東南アジアだといえるかもしれない。人口規模で6億5500万人以上、しかも30歳以下の人口が全体の半数以上という非常に若々しくて急成長中の市場だ。金融的視点でみれば、東南アジアはいわゆる「アンバンクト(Unbanked)」と呼ばれる銀行サービスが普及していないエリアであり、前述の人口規模に対して4億人以上が銀行口座を持たない層だといわれる。一方で、8億台以上の携帯電話が市場に流通しており、インターネットが利用可能な人口は全体の半数以上と通信インフラに恵まれている。このギャップに着目したさまざまな新しい便利なサービスが立ち上がり、市場を盛り上げている。

中国で流通革命を起こしたアリババ、ソーシャルネットワークやコンテンツ市場を盛り上げるテンセント、配車サービスの滴滴(ディディ)などが話題になっているが、東南アジアで話題のスタートアップといえば「グラブ(Grab)」だ。米国でいうUBERのような配車サービスと宅配サービスを組み合わせた業態で、7年前の2012年にマレーシアでビジネスをスタートして以降、同地域8ヶ国以上に対象エリアを拡大し、現在はシンガポールを拠点に事業を展開している。

そのGrabが、昨年2018年春にシンガポールで開催されたMoney20/20 Asiaで発表したのが金融市場への参入だ。金融子会社のGrab Financialを設立し、Grab Payと呼ばれる決済サービスを発表している。

Moneytree Link business blog Asian Challenger Bank in Singapore written by Suzuki Jyunya

ギャップを埋める仕組み

前述のように、東南アジア地域の特徴の1つは発達した通信インフラと貧弱な金融サービスというギャップだ。配車サービスのGrabはこうした土壌で生まれたものだが、東南アジアは、多くの人々がいまだ満足な金融サービスが使えないキャッシュ主流の社会だ。送金や日々の支払いをすべてスマートフォン上で行えるならば、より経済活動は活発になる。そうした経緯で登場したのがQRコードを活用したGrab Payとなる。

決済サービスを普及させるためには小売店側の対応と成長も重要になる。そこでGrabでは中小小売支援策の「Grow with Grab」というサービスを今年2019年春に発表した。同地域の中小小売にとって、仮に市場拡大の可能性や新しいアイデアがあったとしても融資を受けるのが難しい。金融サービスが未熟な市場では事業者にリスクをもって資金を貸し出す企業や組織が少ないからだ。これは、同地域の成長を阻害する要因となっている。

Grab Payは中小小売の支援のため、決済システムに加え、小規模ローンや小規模保険のサービスを一体化して簡単なフローで提供できる仕組みを用意する。中小小売の活性化により、同社のGrab Payや物流サービスを含むサービス全体の利用が活発化する素地を作ろうとしている。

同様のアイデアをもってGrab Payと同時期に市場参入を果たしたのが「BigPay」だ。同サービスの親会社はマレーシアを拠点に格安航空会社(LCC)事業を展開するAirAsiaだ。移動の自由化を促進し、すでにアジア地域ではメジャーな存在となっているAirAsiaだが、同社が次なる目標として打ち立てたのは金融分野参入による東南アジア経済のさらなる活性化だ。

モバイルアプリを活用する点はGrab Payと同様だが、BigPayではMastercardとの提携でデビットカードを発行しており、送金や決済面でさまざまな優遇措置を設定している。モバイルウォレットを使った一種の囲い込みはすでに始まっており、市場の活性化の反面、加熱する事業者間競争に懸念が上っているほどだ。

東南アジアの最新事情から学べること

金融サービス不毛地帯から立ち上げ期を一気に飛び越え、すでに過当競争が叫ばれる状況に入りつつある東南アジア。最大の特長は現在もなお増え続ける膨大な人口と、人口構成が消費世代のメインとなる若年層が中心という点だ。ゆえに潜在的な可能性は先進国のそれよりはるかに大きい。また近年の情報通信技術の発展を受けてインフラ整備が進む一方で、それを利用するアプリケーションやコンテンツは十分ではなく、これがまた成長余地になっている。

アンバンクトな市場を改善すべく次々と生まれた決済サービスとモバイルウォレットサービスだが、サービスの利用をさらに促すべく、小売事業者そのものを育てる支援ビジネスが出現して、既存金融サービスの穴を埋めつつあるという現状も面白い。では、こうした事情から日本の金融市場が学べることはあるのだろうか?

重要なことは、すべてはニーズから生まれるという点にある。必要は発明の母というが、大なり小なりニーズが存在する限り、そこにビジネスチャンスはある。冒頭のチャレンジャーバンクという部分に話を戻すと、既存の金融サービスでは埋めきれない穴があるからこそ新銀行が登場し、ビジネスを少しずつ拡大しつつある。

ニッチ(Niche)という「隙間」を意味する言葉があるが、チャレンジャーバンクはこのニッチを攻めるビジネスといえる。Grabの例にあるように、既存の金融機関では手の届かない事業者への金融サービスで市場を拡大し、同社のサービスを利用する余地を広げている。これはチャレンジャーバンクならではの身軽さゆえに実現できる部分ではあるが、単なる融資サービスにとどまらない「先」を見据えているからこそ実現できるビジネスでもある。顧客のニーズを見据えつつ、そこを攻めるビジネスを維持できるだけの仕組みを構築することが重要なのかもしれない。

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ライター: 鈴木淳也

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で複数の雑誌編集に携わる。2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」(現アイティメディア)の立ち上げに参画したのち、2002年秋より渡米を機に独立。以後フリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行う。2011年よりメインテーマを「NFCとモバイル決済」に移し、現在ではリテール向けソリューションや公共インフラ、FinTechなどをテーマに、世界中で事例やトレンド取材を続けている。

筆者プロフィール

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