10月19日、静岡県三島市商工会議所に呼ばれてキャッシュレスについて講演した。三島と言えば江戸時代には東海道の宿場として栄えた町であったが、今の商店街は未だに現金主義で、キャッシュレスはほとんど進んでいない。しかし、富士山観光の拠点でもあり、中国人訪日客も増加しているので、そろそろ準備をしなければと言うわけで私が講師として呼ばれた。これまで地方の商店街で電子マネー導入に関して、何度か講演をしている。金沢、伊賀上野、佐倉、宮崎などで電子マネーやデビットカードのことを話してきた。
しかし、結局は導入に至らず、見送りとなることが多かった。ところが今回は少し様子が違った。新しく登場したQRコード決済が手数料ほぼ「ゼロ」というので、注目を集めているのだ。そこで私は、LINEペイ、楽天ペイ、オリガミペイ、d払い、Amazon Pay、それに最近出てきたPayPayなどQRコード決済を全て紹介した。そして手数料がいらない理由などを述べたところ、会場のみながメモをとって熱心に聞いてくれた。
商店街がキャッシュレスに慎重な理由は、入金サイクルの長さと手数料のせいである。3~5%も手数料を取られると、儲けがなくなるとみながしり込みしている。しかし、だからといって、手をこまねいているわけにもいかない。ライバルの中堅チェーン店は、続々と手数料を払って「クレジット+電子マネー」端末を導入している。現金主義を掲げる商店街も何かしなければならないというので、まずはQRコード決済を入れようという店主が増えている。しかしQRはQRで別の課題もあって悩みはつきない。商店街は今、その間で揺れている。
同じ商店街でも東京都心の方は動きが早い。10月25日から10月30日まで、早稲田の大隈商店会では、QRコード決済を使ってのスタンプラリーが行われた。これは、QRコード決済を導入している店と商店会が中心になってはじめたもの。
各店に入っているAmazon Pay、ドコモd払い、PayPay、ウイチャットペイ、アリペイなどのQRコード決済とスタンプラリーを組み合わせて、多くの人に買い物でスマホを使ってもらおうという狙い。利用者は、参加店でQRを読み取り、それを集めて10個貯まると景品がもらえる。
ただ、その店で買い物をする必要はなく、まずスマホを取り出してQRコードを読み取ることを求められる。QRに触れてスマホを取り出す癖をつけてもらうのが目的だ。
商店会では、今後キャッシュレス化が進むなかで、QRコード決済は主流に位置付くと見ているから、PRに熱心なのである。
大隈商店会は、私がキャッシュレスの定点観測をしている高田馬場商店街の比較的近くにある。大隈商店会にQRコード決済が入ったのは、早稲田大学の近くで、新しもの好きの学生が多いことと関係している。とくに中国人留学生が多く利用すると見ているからだ。
私が観察している高田馬場商店街の方にも変化の波は押し寄せている。3~4月から、喫茶室ルノアール、プロントなどの中堅チェーンは、電子マネー共用端末を次々に設置し、キャッシュレス対応を始めたが、その動きはまだ続いている。
スーパー「ピーコック」の中に入っている衣料品スーパー「しまむら」が9月に入ってから電子マネー共用端末を入れた。これまでは現金かクレジットカードしか使えなかったから、電子マネー導入で選択肢がぐんと広がった。
だいたいワイシャツや靴下を買うだけだと、3000円で済んでしまうので、わざわざクレジットカードを取り出す必要もない。いつものモバイルSuicaを出せば足りる金額なので便利になったと私自身は喜んでいる。
その店でのことだった。2500円のワイシャツを買って、モバイルSuicaで支払おうとした時だ。端末にSuicaをかざしたところ、ピーと言って赤いランプがついた。
「お客さん残高不足です」と若い女子店員がいった。
「えっ、入ってると思ったのに」
スマホをみると、1050円しか残高がなかった。それを知った店員が「どうするんですか、現金の持ち合わせはありますか」と急に心配そうな顔で言い出した。現金を持っているならSuicaにプラスして払えるので、現金を加えてほしいと言いたかったようだ。
「持ち合わせがないんだよ」と私が言うと、彼女は「まずい」という顔になって、「じゃあATMですね、外にありますけど。まっすぐ帰ってきてくださいね」寄り道して時間がかかる人がいるから「まっすぐ」といったのだ。
「大丈夫だよ、今入れるから」
私はスマホのアプリを押してSuicaのホーム画面を出すと、入金3000円のボタンを押した。モバイルSuicaの良いところはどこにいてもクレジットカードからチャージできることだ。
「何やってるんですか…」
店員は、私がスマホのゲームで時間稼ぎを始めたと思って、きつい調子で言い出した。スマホ画面はSuicaのペンギンが出て、ぐるり、ぐるりと回り出した。
「早くしないと後に並んでいるお客様の邪魔になりますよ」店員はイライラを募らせている。ちょうどその時だった。3000円のチャージが終わった。
「はい、これ」
私はスマホの画面を見せた。チャージされて増えた残高4050円という数字が光っていた。
「じゃあ払うよ」「あ、すいません」やっと事情を理解した店員はレジの奥に引っ込めていた共用端末を前に押し出した。私はそれにスマホをかざした。ピッといって2500円の買い物が終了した。
「そんなことまでできるんですね」と店員はびっくりしている。エアチャージがよほど印象的だったのだろう。キャッシュレスの便利さに初めて気がついた、といった顔だった。
私はいろいろなところで、キャッシュレスを始めるにはCX(カスタマー・エクスペリエンス)が大事と言っている。CXとは利益実感のことである。金銭的に得をする、時間短縮になる、見える化に貢献できるなど色々とあるが、その行為をしたことで現金払いより有利になることを実感して、キャッシュレスに向かうことを言う。
今回のレジの前でエアチャージによって、お金を補充する行為は、利用者にとってもATMに行かずにお金を用意できるから時短となる。一方、店員にとっても貴重な経験になったことだろう。
これまではATMに行くか、買い物を諦めてもらうしか手がなかったが、キャッシュレス化によって、その場で現金をチャージできると言う新しい選択肢ができて、買い物がスムーズになったのだ。
これがキャッシュレスの良い所かと気づけば彼女は仕事に対しても積極的に打ち込むようになるだろう。こうした体験を重ねることがキャッシュレス促進については一番大事なことなのである。
しかし、CXは良い面ばかりではない。講演会などで、商店街の人たちの注目の的となっているのは、前にも述べたようにやはりQRコード決済だ。特に加盟店手数料が1年から3年無料になるとか、初期導入費用も要らないと言うので強い関心を呼んでいる。しかしQRコード決済を実際に使った人はあまり多くない。
そのために早稲田ではポイントラリーをやってとにかくスマホで買い物をしてもらう癖をつけようと必死になっている。
しかし、QRコード決済は手数料無料といった魅力的なサービスはあるものの、同時にその使い勝手はまだ課題を残していると言える。
大隈商店会のキャンペーンに参加する店の反応も結構シビアだった。加盟店手数料については、「QRコード決済の手数料は一年間タダでやるというので導入するが、一年すぎて二年目から、2%~3%と取られるとなると問題だね」と現在はまだ現金で商売をしている店主はいう。
商店会関係者によると、「QRコード決済は普及途上なので、店が導入する時に手数料負担はほぼゼロでとなっている。これがクレジットカード並みの2~3%になってしまうと、私たちは苦しくてやっていけない」という。こんなことを聞いてしまうとやがてQRコードを読み取るタブレットが店の奥に仕舞われる日が来るかもしれないと3年後が心配になる。
入金サイクルについても問題がある。現金で仕入れをしている場合、決済も現金でやりとりすればタイムロスがないが、QRコード決済にすれば、規格ごとにバラバラなので、運転資金に困ることになりかねない。
例えば、3種類のQRコード決済を扱うとして、PayPayは一万円たまると銀行に振り込んでくれる。ウイチャットペイは3営業日後の振り込み、Amazon Payは45日後に振り込んでくれるなど、バラバラになっているので、売上金を動かせない。現金商売なら運転資金には困らないが、カードやスマホになると、サイクルが長くて安心していられない。
この辺がキャッシュレスにする時の課題で、この問題をどうするかをきちんと考えないといけないだろう。
さらにユーザベースでも、使い勝手が良いとは言えない。電子マネーのモバイルSuicaはスマホの電源を入れなくても端末にかざせば使えるが、QRコード決済はスマホのアプリを立ち上げて、QRを読み込ませるか、利用者が店のQRコードを読み込まないと決済はできない。
それ以上にQRコード決済は、スキャンする時に、QRに焦点を当てるのだが、装置の具合で、なかなか焦点が合わないことがある。早稲田の商店でAmazon Payを試したことがあるが、この時など店主が焦点を合わせるのに10分近くもかかってすっかり興ざめしてしまった。これも私にとっては悪いCXであった。こうしたことを体験すると、QRコード決済が魅力的だといっても、手放しではお勧めできなくなってしまう。
QRコード決済は、店側にはメリットが多いが、利用者側には電子マネーに比べるとかなり劣るといえる。その辺のメリット、デメリットをしっかりおさえて選ぶ、使うようにしたいものである。
消費生活ジャーナリスト。1952年生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。同大学院修士課程修了後、月刊誌記者などを経て独立。流通、情報通信、金融分野を中心に活動する。
2018年7月には、30年になるクレジットカード研究と、その間のキャッシュとの戦いを描いた新書「キャッシュレスで得する! お金の新常識」(青春出版社)も出版。
岩田昭男 消費生活ジャーナリスト。1952年生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。同大学院修士課程修了後、月刊誌記者などを経て独立。流通、情報通信、金融分野を中心に活動する。 2018年7月には、30年になるクレジットカード研究と、その間のキャッシュとの戦いを描いた新書「キャッシュレスで得する! お金の新常識」(青春出版社)も出版。
当社ウェブサイトは、外部サイトへのリンクを含んでおります。リンク先サイトでの個人情報への取扱いに関しては、そのリンク先サイトでの個人情報保護方針をご確認ください。 当社の個人情報保護方針はそのリンク先サイトで提供されている内容に責任を負うものではありません。