マネーツリーのマーク マクダットです。僕は米国出身ですが、大学を卒業してすぐに日本企業で就職し、そこでポールとロスに出会い2013年にマネーツリーを創りました。日本のフィンテックは、起業した5年前に比べると業界全体が成長したと感じます。そして、今年は改正銀行法も施行され、更新系APIの出現と共に、いよいよオープンバンキングが本格化してきています。新しいサービスを企画していくフェーズに移ってきているのです。お陰様でMoneytree LINKも多くの金融機関にご導入いただき、日々さまざまな相談を金融機関から受けています。僕はいちエンジニアとして金融APIと日々向き合っていますが、そういう立場からも、この激動の時代を自分なりにこのブログで読み解いてみようと思います。そして、少しでも現場で奮闘している皆さまの参考になればと思っています。
先日社内でスマホアプリ(スマートフォンアプリケーション)の話をしていたところ、ふと思い出しました。弊社のスマホアプリ「Moneytree」は今年で5年目を数えます。銀行から連絡をいただくようになったのは、ちょうど2年目に入った頃からでした。これを機に銀行を訪問し、アプリで何を実現するのか説明しつつ、銀行側のニーズをうかがったところ、商品企画やICTの部署の方は「もっとかっこいいアプリを提供したい」など、基本的に似たようなことを言われました。
スマホの登場から10年を超えましたが、銀行は3〜4年前に本格的にスマホアプリの開発・提供に着手しました。多くの銀行は企画サイクルが3〜4年周期のため、ちょうどアプリを刷新するタイミングだったのです。どんなことをアプリで実現したいと考えているのか知るために、その当時の銀行のニーズを伺って見ると、「マイナス金利の中で預金業務が赤字」「投資信託などの商品を売りたい(資産形成の相談をしてほしい)」とのことでした。
つまり、アプリ内で貯蓄から投資への移行を促せないかという要望です。多くの銀行と話を重ねましたが、行員は口をそろえて同様のことをおっしゃいます。ただし、ここで1つの問題に気づきました。この発想は銀行のニーズからスタートしていますが、預金者のニーズが介在していません。しかし、あくまでも預金者のニーズに立ち返るべきなのです。そこで、両者のニーズを満たす方法がないか考えを巡らしてみました。
銀行のニーズに沿ったターゲット層である投資可能な預金を持つ世代は40〜50代です。一方、スマートフォンアプリを多用する世代は説明するまでもなく20〜30代の若い世代でしょう。しかし、若者が所有する貯金額は決して多くありません。そもそもお金の使い方が変化しているのです。
実際に、先頃20代のMoneytreeユーザーとあう機会がありました。Moneytreeアプリについて、いろいろ話を伺ったところ、銀行との連携など主な機能は使用せず、預金口座とひも付いたデビットカードの管理に使っているそうです。その理由を尋ねると、彼は「お金がない」と述べました。彼は20代半ばの社会人ですが、稼いだお金はそのまま出ていきます。だからこそ、使った分だけの情報があればよいのでしょう。
もちろん彼の状況が若者世代すべてをあらわしているとは言えませんが、貯蓄に至る以前に、いつどこでお金を使ったか可視化すれば充分というのが今の若者世代です。例えばデビットカードの可視化機能を銀行のアプリに含めると同時に、その方の貯蓄目標設定機能を備えれば、30代になる頃には一定の貯蓄が可能になり、そこから投信などの資産形成も不可能ではありません。
銀行の立場から見れば、「収益性のない顧客に投資するのは難しい」という意見をお持ちかもしれません。しかし、資産運用のメインターゲットである世代はスマートフォンアプリを多用せず、主流である若者は貯蓄する余裕がありません。これを違う角度から見れば、2つの世代はお金に関する考え方や状況が大きく異なるという、預金者のセグメント化が自ずとできます。セグメント化した上でそれぞれのニーズに訴える戦略を持つべきでしょう。つまり、考えるべきは「銀行のニーズ」ではなく「預金者のニーズ」をセグメントごとに企画することなのです。
しかし、必ずしも預金者が自身のニーズに気づいているとも限りません。潜在化しているニーズもあり、積極的な働きかけで新たにニーズを作り出せる可能性もあると感じます。実際に米国では自身のポートフォリオ(資産構成)に積極的ですが、日本は預金や保険といった金融商品に対して受動的な印象を受けています。このニーズの違いはどこから来るのでしょうか。
現在僕は、この違いは「日本の学校ではお金の話を教えていないから」という1つの解に至っています。日本の義務教育ではライフプランニングの教育はほとんどされていないと聞きます。しかし、米国の高校では金融商品の購入方法を学ぶ授業があるため、ライフプランニングという観点で日本は遅れていると言わざるを得ません。そこで、銀行は純資産が3,000万未満と言われ投資へのニーズが低いマス層への教育に取り組むべきではと考えました。「8:2の原理」を例にすれば、2割のお客さまから儲けを生み出しますが、残りの8割のお客さまにも注力し教育をすることで、金融ビジネスの可能性は大きく広がるのではないかと感じています。
この8割の預金者が必要とするサービスは何でしょうか。ここを分析したサービスに銀行はもっと取り組むべきなのです。銀行の経済圏の中で人の金融知識が高ければ高いほど、銀行の存在価値も上がるので、そこに投資することは無駄にはならならないのではないでしょうか。
このように「お金に対する教育」という観点から再建する必要があるものの、単独の企業や銀行ができることは限られています。この点は政府、特に文部科学省に頑張って頂きたいのですが、「預金者で儲ける」のではなく、「教育で儲ける顧客に育てる」という観点も必要ではないかというのが僕の勝手な考えです。特に政府は人生100年時代構想を打ち出しており、終身雇用が保証されない現状で、多くの方々は老後に備えたお金の準備が欠かせません。これは銀行や証券会社にとって大きなチャンスです。ポートフォリオが一般教養となれば、日本も変わっていくのではないでしょうか。
話をアプリの企画に戻しますが、よく銀行から Moneytreeアプリのアクティブ率などを聞かれることがあります。その背景には、銀行のアプリはまだまだ使われていないという現実があるからです。我々の経験から申し上げられることがあるとすれば、銀行のアプリはもう少し日々の事に近いサービスでいいのではと感じます。いきなりアプリのKPI (業績評価指標)を投資性商品の販売などに設定すると、とても難しい状況だからです。例えば、シリコンバレーなどでは、マネタイズのKPIよりも、立ち上げの段階では、まずは人を集める事を目標にすることも多々あります。似たような考えで、銀行アプリも初期のKPIとしては、月間アクティブなどの利用率にした方が面白いサービス企画がうまれるかもしれません。もちろん、銀行はスタートアップのマーケットイン文化とは違って、プロダクトアウトの世界です。銀行に対する期待の範囲は決まっていて、お金にまつわる事でしょう。そうだとすると、例えばですが、貯蓄や投資の前に、先に出した若者の例のように、ウォレットのような「決済」がキーになるのではないかと感じています。
このように、アプリ企画の前に、まずはターゲット層をよく考察することが重要です。実際に資産運用をする層が投資のアプリを積極的に探すとは残念ながら思えません。もう少し違うアプローチを考えてみてはどうでしょうか。実際にアプリをみていると、様々な機能を一つにしたオールインワン型もありますし、セグメントごとに機能別アプリを出している個別型のケースもあります。私自身どちらが正解であるかは分かりません。しかし、Open APIの世界では、銀行のアプリの認証基盤は、銀行のキャッシュカードになります。例えば、アプリの認証でキャッシュカードの番号とPINを入れると、預貯金額によってメニュー構成が変わるといった仕掛けを盛り込んで見ると面白くなるかも知れません。預貯金額が100万円以下の預金者には家計簿など基礎的な機能や教育コンテンツを提供。それ以上の預貯金額をお持ちの顧客なら、投資性コンテンツや利回りの良い商品を提示するなど、アイディアは無限に広がります。
我々はこれまで多くの銀行にサービスを提供してきました。その際は、銀行からは金融や資産形成の知識をもらい、アプリ企画という面では何ができるか我々の経験や技術面から一緒に考えましょうというスタンスで行ってきました。Open APIの世界では、銀行が自らサービスを企画していくことが一層大切になってくるでしょう。今後もよきチームとして銀行のアプリ施策のお手伝いができればと感じています。
マネーツリー株式会社の創業メンバーであり、金融インフラサービス「Moneytree LINK」の責任者、FinTech協会の理事としてAPI・セキュリティ分科会の立ち上げを担当。 アメリカの大学卒業後来日し、IT関連の法人営業としてキャリアをスタート。趣味はシステムとWeb開発でスマホの当初にサラリーマンを辞め、マネーツリーの創業メンバーとして参画、2012年にマネーツリーを設立し、2013年に個人資産管理サービス Moneytreeをリリース。Moneytreeの基盤であり国内2,700社以上の銀行口座(個人、法人)、クレジットカード、電子マネー、マイル・ ポイントカード、証券口座の金融データをAPIとして提供する「Moneytree LINK」の最高責任者。
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